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今年の年越しは痛い

 連休3日目でテレビもネットも飽きた。
 スマホゲームも飽きて、最近はやっていない。

 で、昨日、今日は飲んでいないんで、無駄に眠くなることもなく、撮り溜めていたドラマを見ていた。
 『マクガイバー』のシーズン1を見終わって、次は『エレメンタリー』のシーズン3を見始めたら。
 「ちょっと息抜きに走ってこようか」なんて余計なことを考えてしまった。
 たしかに体脂肪率が17%だったのが、最近20%になっていて気にはなっていた。

 で、走ったら、盛大にコケた。
 もう体が付いて行かないんだね。
 ヒザを思いっきりぶつけて。
 でも、18:00を過ぎていたから、暗くてどの程度のケガかわからない。
 とりあえず、せっかくだから走っとけ、と走り続けたのもわけが分からない。

 家に帰ってきてヒザを見てみたらズルむけ。
 肉までイってない?
 皮のところとは違って、一部が変な色になってんだけど。

 でも、それよりも。
 転んだ時に右手をついたが、その右手首がものすごく痛い。
 箸やスプーンは使えるが、その都度、激痛が走る。
、「これじゃあ、この連休はなにもできないぞ」と、残念な感じ。

 いつもどおり酒飲んで寝ていればよかった。

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神のものは神へ

 『アゴラ』というサイトがあって。
 「オピニオンサイト」と言うんですかね?
 そこの記事に「フランスの混乱とそれでもマクロン政権安定の背景」というのがあって。
 その記事を書いたのは、八幡和郎。評論家、歴史作家、徳島文理大学教授。
 通商産業省に入省して、国費でフランスに留学していたらしい。
 だからフランスについては一家言あるみたい。
 で、記事の内容としては、「フランスでのデモはよくあることだから、マクロン政権への致命傷にはならない」と言っていると思う。

 まぁ、それはどうでもいいのだが、記事の中に、
「フランスでは統治機構が強固だからそれとバランス取る形で、市民の直接行動がひとつのバランサーとして位置づけられている」ということの根源は、カトリックにもある。「カエサルのものはカエサルへ、神のものは神へ」というのがキリスト教らしい政治思想だ。政府は勝手に権力を振るえる。しかし、国民も勝手にするということだ。
そうしたなかで、選挙の年でないと、政府は簡単に法律を通せるが、反対する人々は街頭に出て、そこで、市民の支持をそれなりに得て成功すると、政府も考慮せざるを得ないというのが、王制時代からのひとつの伝統なのだ。


 とあって。
 「カエサルのものはカエサルへ、神のものは神へ」を、「政府は勝手に権力を振るえる。しかし、国民も勝手にするということだ」と理解しているらしい。

 そんなわけないじゃん。
 イエスは「税金を払うことの是非」を問われ、そのように答えた。
 「カエサル」とは、お金や物理的なものを意味している。
 「神」とは、精神的なものを意味している。
 イエスはお金などに執着するのではなく、精神的なもので満たされることの幸福を説いたのだと思う。

 しかし、空腹(お金)が満たされることが幸福だと思っている人は結構いるのだろう。
 その「ハラペコちゃん」たちが、フランス国王をギロチンにかけたのがフランス革命。

 現在も、フランスを支配しているのが「ハラペコちゃん」たちだから、国民から富を搾り取ろうとする。
 しかし国民も「ハラペコちゃん」だから、フランス革命のように暴動を起こす。
 「ハラペコちゃん」たちが「カエサルのもの」を奪おうとする。

 その暴動を見ると、統治機構としてはキリスト教国のほうがよかったんじゃないの?と思うんだけど。
 それに対して日本は「お上」がなにをやってもそれほど気にせず、「カエサルのものはカエサルへ、神のものは神へ」を実践していると思う。

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