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3万年前の航海を検証

 ↓『NHK NEWS WEB』台湾から沖縄へ 「丸木舟」で200キロ 3万年前の航海を検証(2019年6月18日)
およそ3万年前に人類がどうやって今の台湾から沖縄に渡ったか検証を進めてきた国立科学博物館などのグループが、丸木舟で黒潮を越えて200キロ余りをこぎ進む、これまでの集大成となる実験航海を行うことになり、担当者が意気込みを語りました。
国立科学博物館などのグループは、およそ3万年前の旧石器時代に人類が今の台湾から舟で黒潮を越えて沖縄の島々に移り住んだと考え、3年前には沖縄県の与那国島の沖合で「草の舟」を、そしておととしには台湾沖で「竹のいかだ」を使って、実験航海を行いました。
いずれの舟も黒潮に流されるなどして航行が困難になったことから、グループは丸木舟で海を渡った可能性を検証しようと、一連の実験の集大成として、当時の道具で作った杉の丸木舟による最後の実験航海を行うことになりました。


 これ、毎年やっているけど。

 気候変動によって波も変わる。
 気候変動は「ミランコビッチサイクル」。

 ↓『ウィキペディア』ミランコビッチサイクル
歳差運動(Precession)の周期は3つあり、それぞれ1万9000年、2万2000年、2万4000年である。
自転軸の傾斜角(Obliquity)の変化は周期4万1000年。
公転軌道の離心率(Eccentricity)変化は周期9万5000年、12万5000年、40万年。


 「歳差運動」「自転軸の傾斜角」「公転軌道の離心率」という3つの要素で気候は変動している。
 おそらく波が穏やかであれば、台湾から日本へ、簡単な船でも渡ってこれるのだろう。

 まずは3万年前の「歳差運動」「自転軸の傾斜角」「公転軌道の離心率」を計算して。
 それと同じ条件が何万年後に現れるか割り出す。

 国立科学博物館がやっていることは科学的ではない。
 何万年周期のものを毎年検証するなんて、なにを考えているんだろう?

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松本人志の問題発言

 日曜日の『ワイドナショー』で松本人志が問題発言したらしいですね。

 ↓『女性自身』東ちづる「人間に良品も不良品もない」松本人志の発言に異論(2019/06/03)
6月2日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、川崎市の20人殺傷事件が取り上げられた。その際の松本人志(55)の発言が物議を醸している。
番組では、自殺した容疑者に対する「死にたいなら1人で死ぬべき」という意見の是非が取り上げられ、松本は以下のように持論を展開した。
「僕は、人間が生まれてくる中でどうしても不良品って何万個に1個、絶対これはしょうがないと思うんですよね」
「それを何十万個、何百万個に1つぐらいに減らすことは、できるのかなあって、みんなの努力で。正直、こういう人たちはいますから絶対数。もうその人たち同士でやりあってほしいですけどね」

一連の発言に対しTwitter上では《産まれながらに不良品なんて人はいない》《優生思想そのもの》と批判が殺到。また、著名人や有識者からも異論が相次いでいる。

女優の東ちづる(58)は《私たちは人間。「良品」も「不良品」もない。「フツウ」も「一般的」も、個人の偏見。言うなら、「多くの場合」。そして、多いからといって、「正しい」とも「正義」とも限らない。これまで間違って判断してきたこともある》とツイート。
(中略)
また、『Yahoo!ニュース』への寄稿(5月28日配信)で「『死にたいなら一人で死ぬべき』という言葉は控えて」と主張していたNPO法人ほっとプラス代表理事・藤田孝典氏(37)も松本の発言を厳しく批判。《これに至ってはもはや危険思想。生まれながらに不良品である人間などいない。不良と見なされるなら、それは社会環境からの産物としかいえない》とツイートした。


 むしろ人はすべて不良品として生まれてくるんじゃないの?
 だって赤ちゃんは無知で何一つ分からず、理性はなく、感情のままに行動する。

 赤ちゃんはかわいい。
 なぜ人は「かわいい」と思うのか?
 それは弱いから。
 熊やライオンの赤ちゃんも弱いからかわいい。
 赤ちゃんの力が強くなったら、それでも「かわいい」と言ってられるのか?

 赤ちゃんの精神のまま大人になったら、何かを堪えるということはなく、殺したいから殺すし、死にたいから死ぬというサイコパスになる。
 (一般的なサイコパスの定義とは違うと思うが、理性がないのをサイコパスとする)
 赤ちゃんの精神のまま大人になったら迷惑でしかない、という意味で、「人はすべて不良品として生まれてくる」。

 もちろん多くの人はサイコパスではない。
 それは、親や他者の関わりによって「不良品」であった者が「良品」に変わるからだと思う。
 他者の関わりがなく、赤ちゃんから素通りで大人になった者は「不良品」のまま。
 このケースは絶対どこかで発生する。

 「どうしても不良品って何万個に1個、絶対これはしょうがないと思う」
 「それを何十万個、何百万個に1つぐらいに減らすことは、できるのかなあって、みんなの努力で」

 理性がない人は社会の迷惑。
 しかし、人は誰でも、赤ちゃんのときは理性がなかった。
 人との関わりによって、理性を得る。

 犯罪を犯したことのない自分は生まれついての善人だったと思うのではなく。
 親や自分に関わった他者や神に感謝するべき。

 藤田孝典はまったく逆の考え。
 「生まれながらに不良品である人間などいない。不良と見なされるなら、それは社会環境からの産物としかいえない」
 人はすべて善人として生まれてくるが、社会環境によって悪人になる、と言っている。
 であるのならば、人は他者と接触するべきではない。
 他者と関わらなければ、善人のままでいられる。

 もちろん、藤田孝典の考えは間違っている。

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