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新型コロナウイルス/第3波

 第3波って、なんなんですか?
 というところで思考停止が続いている。

 1:
 結局。第1波・第2波では感染した人が少なくて。
 だから抗体を持っている人が少なくて。
 だから、第3波という感染拡大になったのか?

 2:
 それとも。第1波・第2波では、それなりに抗体を獲得した人もいたが。
 その抗体は短期間で失われた。

 3:
 第3波はウイルスが変異して、以前の抗体は無効になった。

 4:
 あと、ありえないんだけど。
 (無症状で感染していて)実は抗体を持っている。
 抗体を持っていても、ウイルスを吸い込んでいたらPCR検査は陽性になる。
 そういう状態で、自然な寿命や持病の悪化(寒くなると増える)。
 それが新型コロナでの死者や重症者数にカウントされている。
 でも、そこらへんはちゃんと判断しているだろう。

 妥当なのは1なんだろうけど。
 第1波・第2波は、そんなに蔓延していなかったのか?
 というところが納得できなくて。
 もちろん、2/3/4の可能性もいまいちで。
 考えても答えがでない、ということを納得しようとしているところ。

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新型コロナウイルス

 ↓『アゴラ』山中教授の「ファクターX」に踊らされていいのか(2020年12月15日)篠田 英朗
(略)
つまり同じ欧米社会であっても、新型コロナで高率で死者が出たり、少なかったりするのである。どう見ても、無理な封じ込めを狙ってかえって医療崩壊を起こして高率の死亡者を出してしまった春先のヨーロッパの数値が異常だっただけである。医療崩壊を回避し、高齢者・基礎疾患者を特別に防御する社会的風潮さえできあがれば、欧米社会でも致死率は劇的に減らせるのである。
(略)


 「欧米が異常だった」というのは同意するが。
 では、その「異常」の原因は何か?
 まず、中国武漢。
 「未知のウイルス」ということで武漢市民がパニックになり、病院に押しかけ、そこで感染が広がった。
 そして欧米も。
 「検査、検査」で(密閉、密集の)病院に集まって、そこで感染が広がった。
 この初期対応の失敗が、欧米の惨状になったと思う。
 そういう失敗をしていない国(検査を行う能力がなかった国)では被害が少ない。
 それだけの話だから、山中伸弥が言うような「ファクターX」なんて存在しない。


 ↓『ゴー宣ネット道場』レントゲン撮った(2020.12.16)小林よしのり
喘息がなかなか完治しなくて、すぐ咳払いするし、ゴホゴホ
やってしまうので、ひょっとしてすでに肺炎になっているの
ではないか?と思って、午前中に病院に行って、レントゲン
を撮ったら、きれ~~~~いなもんや。
全然異常がない!
(略)


 今回の新型コロナ騒動で得られた知見の一つは、
 ウイルス性の肺炎はレントゲンでは分からない(細菌性の肺炎は分かる)。
 ウイルス性の肺炎を疑う場合は、CT検査。


 ↓『ゴー宣ネット道場』レントゲン撮った(2020.12.12)泉美木蘭
(略)
日本ではコロナがあろうとなかろうと、
毎月10万人以上が死亡しつづけています。

そして、秋冬になると、例年ぐぐっと死者が増え、
1月には夏場より2万~最大4万人ほど増加します。

いくら新型コロナの死者が急増している~と、
新型コロナのみを見て騒いでいても、
「日本では毎月10万人が死亡している」という、
人間の自然の摂理においては、大した影響ではありませんし、
「冬になって死者が増える」と言っても、
もともとそういうものです。
(略)


 夏に比べて冬のほうが死者が増えるのは。
 「暑さに慣れる」とは、血管の膨張であるはず。
 暑いと毛細血管を含め、血管が膨張する。
 寒いと血管は収縮する。
 それによって暑い/寒いに慣れる。
 で、寒くて血管が収縮すると、死ぬ確率が上がる。
 みたいなことだと思う。

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日記

 パスカルに絡んで、ちょっと書きたいネタはあるんだけど。
 なかなか実際に書くことができない。
 一言で言えば「メンドクサイ」なんだけど。
 でも吐き出さないと、これはこれでストレスが強くなっていく。

 で、逃避行動で『ホッブズ』田中浩(岩波新書)を読んでいるんだけど。
 いまいち興味を持てないのは、政治とか国の体制に興味がないからだろう。
 (「異端者は火あぶり」の17世紀では切実な問題だったと思うけど)
 (現在は17世紀とは違って、「こんなもんでしょ?」と納得しているのもある)

 果たして私は「社会契約」したのだろうか?とか考えてはみるが。
 その考えることの取っ掛かりがない状況。
 ロックやスピノザも政治思想を書いているけど。
 私は政治思想までは手が回らない、と思う。

 スピノザのエチカ(倫理)の根本は、「人は生きることを望む」だったと思うが、
 それはホッブズのパクリだったらしい。

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パスカル

 図書館から借りてきた『パスカル』小松攝郎(清水書院)を読んでいたが。
 やっぱり2週間で100ページしか読めない。
 で、隣町の図書館からなので貸出の延長ができなくて、返却しなければならない。
 なので、ぜんぜんパスカルを把握できていない。


 おそらく、もともとローマはアニミズムで。
 それではどうにもなんないからギリシア哲学を採用した。
 そのあとキリスト教に変えた。

 で、ギリシア哲学では理性重視で。
 それに対してキリスト教は心情(信仰心)重視で。

 神を知るのは理性か?信仰心か?
 そういう話でパスカルは理性を批判している、らしい。
 (理性では懐疑論に陥る、と)
 (そういう話はモンテーニュから始まる、みたいな)
 (モンテーニュの『エセー』は持っているし読んだが、何も覚えていない)
 キリスト教国における、ギリシア哲学批判としての理性批判。
 (カントの『純粋理性批判』も、そういう流れでの話かもしれない)

 で、私は「神を知るのは理性」派。
 だから根本的なところでは、パスカルに反対するだろう。

 「人間は何もしないことができない」
 とパスカルも思っていたらしい。
 (座禅は「何もしないこと」の練習だと思う)
 (台風のときに田んぼを見に行ってしまう人は座禅が足りない)
 (でも根本的に人間は何もしないことができないから、座禅にも意義を探そうとして神秘思想に陥る)
 そういう私とパスカルの近さもあるが。
 「ちょっと一段落ちるな」というのが、とりあえずの印象。


 で、小松攝郎の『パスカル』は、またあとで続きを読むとして。
 今回借りてきたのはホッブズ。
 でも、ホッブズの「社会契約説」は思弁的な感じがして。
 あまり期待はしていない。

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